青秋林道
- 2016/08/12
- 02:56
負の歴史、建設計画が中止された青秋林道です。

青秋林道とは、青森県西目屋村と秋田県八森町 (現八峰町) 間、全長29.6kmを結ぶ予定だった林道です。
1990年に建設計画が中止されています。
5月某日、軽トラックで青森県側の終点を目差しました。
弘前から県道28号線白神ラインを暗門の滝方向へ進み、大川白神橋の手前を左折します。
周辺は、 津軽ダム 建設に併せて道路が新設されています。

青森県側のルートは、この大川沿いです。
大川源流を越え、県境にある二ツ森 (泊岳) で秋田県側と接続する計画でした。

舗装はされていませんが、整備が行き届いています。

四輪駆動は必要ありません。
最低地上高の低い車でも通行可能です。

少し走っただけで深山の雰囲気。

ブナの林に囲まれて空気は静謐そのもの。

4kmほどで終点です。

終点にあった案内看板です。

白神山地世界遺産地域のはるか手前ですが、山の空気を堪能できます。

大川が見える所まで、林の中を進みます。

踏み固められた道があるので、迷わずに済みます。

崩落している所もありますが、何とか川の近くまで行けそうです。

大川です。
上流、タカヘグリという渓谷の近くにも 雨の降る森 があるらしいのですが、道のりはかなり険しいようです。

上流へ行った方の 記事 を読むと命がけです。
万全の準備を整え、複数人で挑まないと無理ですね。

7月某日、今度はオートバイで秋田県側の終点を目差しました。
ルートは 県道317号西目屋二ツ井線 を使います。

入口から5kmほどの区間は砂利道です。
乗っているのは、イラストのようなイメージの1000ccのSSモデル。
太いタイヤが砂利に乗っかるたびに恐ろしいほど滑りました。
ちょっとだけ、場違いだったかも知れません。

砂利道区間を越えると、残りはすべて舗装路です。
何も無い山の中に、大きな施設がぽつんとあります。

1979年に閉山した、尾太鉱山の鉱滓処理施設です。
現在も水処理が続けられています。

県境の尾太大橋と釣瓶トンネルです。

尾太大橋上から眺めた尻高沢です。

秋田県藤里町へ入り、峨瓏 (がろう) の滝を眺めながら昼食。

道の駅ふたついで、東北道の駅スタンプラリーのスタンプを押しました。

能代市を北上して八峰町へ。
国道101号線から青秋林道へ右折します。
ここから終点までは18.5kmほどです。

ぶなっこランドの駐車場で、固まった身体をほぐします。

ぶなっこランドにあった案内看板です。
出羽山地、青森県側からの呼び名は弘西山地でした。
昔、秋田県は出羽国、青森県は陸奥国という名前で呼ばれていました。

ぶなっこランドという名前ですが、杉だらけです。
すぎっこランドです。
立派な秋田杉の回廊が続きます。

急激に道が狭くなります。

ここからが青秋林道のようです。
ここから終点までは12.5kmほどです。

すべて舗装されていますが、車ですれ違うのが困難な狭さです。

真瀬川沿いを登ります。

生えている木、8割以上が杉です。
杉並木がどこまでも続きます。

ブナ林スポットです。
ブナが目立つのはこの一部の区間だけでした。

路肩が何カ所か崩れかかっていました。
運転に苦手意識のある方には、厳しい道のりだと思います。

景色が開けています。

白神岳を望めました。

見渡す限り、杉だらけです。
当然、この周辺は世界遺産とは無関係です。

現在、ブナを増やす活動が行われているようです。
アムウェイとイオン、凄い取り合わせです。

白神山地で世界遺産に登録された面積中、秋田県側は4分の1、その全てが藤里町です。
八峰町にあるのは、杉と青秋林道です。

二ツ森登山道入口です。
トイレと管理棟があります。

青秋林道、秋田側終点です。

青秋林道計画について、経緯を簡単にまとめます。
1978年、秋田県八森町長が青森県西目屋村、岩崎村、深浦町、鰺ヶ沢町に青秋林道建設を働きかけ同意を得る。
建設計画は八森町主導で行われた。両県の交流が名目。
八森町議会議事録に、「青森の森林資源を秋田のものにできる」という趣旨の町長発言が記載される。
工事とそれによって伐採される木材、当初より八森町側業者の利権獲得が目的だったと読み取れる。
1982年、秋田県、青森県にそれぞれの県の自然保護団体が計画中止要望書を提出。
1982年、秋田県側、青森県側、工事着工。
1983年、鰺ヶ沢町赤石川で天然記念物クマゲラの生息が確認される。
1985年、秋田県、青森県にルート変更を事後報告。
秋田県藤里町を通るはずのルートが青森県鰺ヶ沢町へと勝手に変えられる。
粕毛川の汚染を防ぎたい藤里町からの要望を受けてのルート変更。
秋田県側の反対運動はルート変更決定により終了する。
1986年、秋田県側、県境までの工事完了。
鰺ヶ沢町の工事も秋田県側が担当する予定だったが反対運動により休止。
1987年、赤石川の汚染を警戒した鰺ヶ沢町で反対運動が激化する。
全国から送られた13202通の異議意見書が青森県に提出される。
青森県知事、工事の凍結を宣言。
1990年、青秋林道計画の中止が確定。
1993年、白神山地が世界自然遺産に登録される。
2001年、NHKプロジェクトXで「白神山地 マタギの森の総力戦」が放送される。
青秋林道反対運動が秋田県主導だったという偏向内容に抗議が殺到。放送回が欠番扱いになる。
2004年、秋田県能代市を中心とした市町村合併の名称案として「白神市」が発表される。
白神山地の世界遺産登録地域が新市域には含まれていないため抗議が殺到。合併も中止。
2006年、八森町、峰浜村と合併。新町名案に「南白神町」「あきた白神町」。反対され八峰町に決まる。
記念碑があります。

経緯を知ってから読むと、何とも言い難い文面です。

航空写真で見ると、青秋林道中止の経緯が一目瞭然です。
点線は県境です。
終点から見た白神岳方面の景色です。
木に遮られていて何も見えません。

すぐ横が世界自然遺産ですが、まるで家の裏山にいるような、何の面白みも無い景色です。

工事の中止は正解です。
白神の山々が、このつまらない景色に染まらなくて良かったと、心の底から思います。

国道7号線の方が利便性は上。
国道101号線で日本海を眺めながら遠回りした方が景色を楽しめる。
青森県道28号岩崎西目屋弘前線、県道317号西目屋二ツ井線、近隣にはすでに同様の林道が2つ存在。
青秋林道は、決して実現してはいけない負の計画だったと思います。

この方の行動がなければ白神山地世界遺産登録は実現しませんでした。 根深誠さんの著作はこちら。
青秋林道問題に関する詳しい経緯が書かれた本はこちら。 新・白神山地-森は蘇るか [ 佐藤昌明 ]
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